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Masaru Kamikura's Blog

Browsing Posts published in 6月, 2009

最近のフルCGガンダムである、機動戦士ガンダムMSイグルー2 重力戦線でのザクの描き方には驚いたばかりだけど、それを再現するかのような原寸大のガンダム(RX-78-2)が東京はお台場、かつて十三号地公園と言われた潮凪公園に、西暦2009年の夏にお目見えする。

RX78-2 Odaiba GUNDAM お台場ガンダム

RX78-2 Odaiba GUNDAM お台場ガンダム

ガンダム自体はトリコロールのカラーリングもあって、おもちゃのようではあるが、原寸大の18m程度の大きさで、細かな部分もそれっぽく表現されていると、こんなのが実際に動いたらとんでもないことになるんだろうなと簡単に予想できる。

これがザク(MS-06 ZAKU II)で、重力戦線のような使い込まれた表現がされていたら、相当の恐怖を覚えそうだが、その点、おもちゃっぽいガンダムなので大丈夫。

正式公開は7月11日らしく、その頃には顔が動いたり、各部分が光ったりしそうだけど、その前に見ても十分満足できる仕上がりになっている。

実際の戦争で使われた戦車、戦闘機、軍艦なんかは何度も見たことはあるけど、これほどまでに存在感をアピールするのは他にない。
戦車は単なるごつい乗り物にしか見えないし、戦闘機も効率の悪い飛行機、軍艦なんかはでかい船としか感じないけど、こんなでかい人型ロボットが人間のように動くというだけで恐怖を感じそうだ。

それにしても、ガンダムというのは架空の戦争アニメだけど、単なる兵器という設定のこんな立像を公共の公園においてしまうというのは、平和な国日本だからこそのおとぼけ企画なのかな。

http://www.youtube.com/watch?v=5MPrIz8vTqs
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ちなみに、これを制作したのは乃村工藝社 制作風景

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お台場ガンダム動画全集
お台場ガンダムの画像

いつもと同じけだるい朝。

MacBook Airを開き、日課というよりも生理現象に近いメールの確認をする。
重要なメールなんて来るはずもない。まして月曜の朝なんて、日曜の深夜、地球の裏側でも日曜の午前中にメールを送ってくるような暇人は愚かなスパムメール業者でしかない。

そもそも、2週間前のメールにもまだ返事をしていないのだ。などと思っていると何かのアップデートだというので、いつものように何を気にすることもなく、そのままアップデートを承認すると、再起動しろだとかいう前時代的なメッセージが表示される。
再起動もくだらないスパムのチェックよりましかと思い、ほったらかしてみていると、様子がいつもとは違う。

なにやらエラーで起動しなくなってしまった。
これが世に言うカーネルパニックだとか言う物か。そもそも、起動すらしなくなるとはどういう事か。
コンピュータなど起動しなくなったら単なる箱だが、MacBook Airに限っては単なるアルミの板。

この板をそのままにして産業廃棄物にするには単価が高すぎるので、仕方なしに復旧方法を考える。
一応、画面には再起動しろといくつかの言語で表示されているので、何度か再起動するが何も変わらない。
何たらリセットというのがあったなと思って、コントロールとコマンドを押しながらの起動。
電源入れてからのオプション、コマンド、P、Rを押すとかいろいろやったが何も変わらない。

MacBook Air用の外付け光学ドライブを接続し、Cを押しながらの起動で光学ドライブのOSインストールディスクから起動してみた。
ここからTime Capsuleのデータを無線経由で読みに行くと正常に認識される。基本的なハードウェアに異常はないようだ。

それではどこに問題があるというのだ。コンピュータなんていくら見た目が良くなったとはいえ、これだから未完成品なのだ。

最後にシフトを押しながらの電源起動をしてみた。これがダメだったらバックアップからの復旧しかないだろう。
セーフブートとか言うものらしい。正確には電源入れて起動音が聞こえたらシフトを押しという面倒な手順のある方法だ。

これで待っているとセーフモードとやらで起動した。
この状態で、アップデートを確認すると、Bluetooth、Safari、Javaの3つがあった。
このどれかをアップデートする際に異常があったのだろうか。

とりあえず前回の再現をすべくもう一度アップデートをしてみた。
また再起動するというので、どうせまた起動しなくなるんだろうと思いつつやってみると、今度は問題なく起動する。
次にBluetoothのアップデートだというのでやってみる。問題なくアップデートできる。

念のためもう一度電源を切って再起動してみる。念には念を入れた方がいいだろう。
問題ない。

普段は重くなるので、定期的にしか使わないTime Capsuleで最新の状態を保存しておこう。

ここまで1時間半。今週もくだらないことから始まった。

インターネットは1990年代に比べればかなり使える物になってきたけど、それから10年以上たった今でもまだまだ黎明期。
ネットで何かしたい。要するに儲けるための何かをねらっている人は多く、テレビというメディアが期待できないから、ネットに比重を移すとかいろいろあるけど、この中途半端な時期に完成された何かなんか無いよね。

テレビ放送は、大衆に一気に情報を送るメディアとしては、すでにある施設を使って電波を出せばいいだけで、観る方も電源を入れてどこかのチャンネルに合わせるだけのお手軽メディアなので当分残るだろう。
実際、ネットでアクセスが急に増える最大の要因は、テレビメディアで紹介された時くらいでしかないし、テレビの影響力はいまだにすごい。(みてる人がいたら)
ただ、今も昔もテレビなんかで影響を受けるような人はどうなのかなと言うのはあるし、個人的にも視聴時間は確実に減っているし、最近はなるべく観ないようにしている。

そんなことはともかく、どこで読んだのか知らないが、ろくにネットを使いもしないで、浅いネット知識や妄想でネットのマーケティングがどうのこうの偉そうに言ってる奴って多いよね。本を書いているような人とか、一部の人はかなりネットを使った上での自分の理論を展開している場合もあるけど、ほとんどの人はその辺から得た浅い知識だけでネットの可能性を勘違いしている。
その辺の浅い知識でも、ある程度ネットで何かやれば失敗はしないだろうけど、成功することってほとんど無いよね。ただやってみてたいして成功しなかったという実績が残るだけで。

素人マーケティングも何も、そんな妄想でうまく行くわけ無いだろという計画は確実に失敗する。失敗しているのに気づいているのか、気づいていないのかそれを何とかしようとしないのは最悪。そのまま消滅するしかない。

ネット関連本はいろいろあるが、具体的にネットで何をやったらいいのかわからないという人は一度この本を読むといいよね。
タイトルにあるように、ネットは暇人が使っているというのは半分正解だろうし、過度な期待をしている人が間違った道に進みにくくなるかもね。

でも、「そうかネットではB級ネタがうけるんだな。我が社もB級ネタでなんかやろう。これでアクセス数が上がるぞ、ガハハ」というのはどうなのかな。B級でうけようとするのも簡単ではないよ。大企業がやるには相当の覚悟が必要。
勘違い担当者が暴走してやっちまったくらいじゃないと駄目だよね。

ネットが全部それになったら逆につまらん。

中野囲町

ある時、危機管理の専門家としても名高い、元警察官佐々淳行の著作を読んでいたら次のような一文があった。

警察大学校の正門のところにたむろしたデモ隊のラウド・スピーカーによるアジ演説を聞いていたら、
「ここォ、中野区囲町はァ、昔ィ、”犬公方”綱吉がァ、犬を保護していた場所だァ、いまやァ、吉田反乱内閣のォ、”イヌ”どもがァ、人権弾圧のォ、教育訓練を受けているゥ、場所であァる。警察法改悪、絶対反対!! ただちに人民へのォ、弾圧をォ、やめろォォォッ」
などとやっている。なるほど、それで「囲町」なのかと納得させられたものだった。

佐々淳行著 目黒警察署物語 佐々警部補パトロール日記 文春文庫 P247より

1954年に施行された警察法改正と、2001年に移転する前まで中野駅前、中野サンプラザの横にあった警察大学校に関する話題だ。
現在の住所に囲町は残っていないが、この土地は犬を保護していた場所であり、警察大学校の前は陸軍中野学校が合った場所であり、江戸から現代の歴史をたどる上で非常に重要な場所となっている。

ということで、いつか行ってみたかったここへ2007年に行く機会があった。
そこで驚いたのが、囲町の名称が残る囲町公園が売却されることであり、仮説広場などは犬を禁止していると言うことだ。

中野囲町

中野囲町

それから2年、売却された土地がどうなったのか見学に行ってみた。

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http://www.youtube.com/watch?v=8W0stXHQNZA

中野囲町

警察大学校の跡地は基本的にそのままだが、囲町公園はコインパーキングに。跡地の西側では、高層ビルの建設を反対しているようなので、その辺の計画があるのだろう。今は壁に囲まれているが、ここが緑地のままだったら環境が良さそうなだけに、反対する方の気持ちはわからないでもない。

それにしても、前回も気づいていたが、このあたりを歩いても特に何もない。あるとすれば、公園で動物禁止となっているのを確認することくらいか。

これで本格的にこの跡地が開発されたら、どうなってしまうんだろうか。

中野囲町の写真ギャラリー

丙午(ひのえうま)という言葉を知っていても、それがなんなのか正確に理解している人は高齢者を除くと少なくなっているかもしれない。
十二支(じゅうにし)や干支(かんし、えと)についても簡単には解説できない程ややこしいが、丙午は60年に一度。前回は1966年なので、次は2026年となる。
日本で丙午に関する迷信の元になっているのが、今回訪ねてみた八百屋お七である。

丙午について詳しく知りたい場合は、干支も含めこれを解説している書籍、サイトなどで勉強するのがよいだろう。

八百屋お七 円乗寺

八百屋お七は江戸本郷、八百屋太郎兵衛の娘。

現在の千葉県八千代市で寛文8年(1668年)生まれたとされる。後に江戸の八百屋太郎兵衛の養女となった。
天和2年、天和の大火でお七は現在本駒込にある吉祥寺か円乗寺に避難し、そこの寺小姓と恋仲となった。
寺小姓と再開を願い放火未遂を起こしたことから、鈴ヶ森刑場で火刑に処された。
遺体は千葉県八千代市の長妙寺に埋葬したと言われ、お墓もここにある。

駒込の円乗寺にもお墓はあり、今回はこの円乗寺とその周辺。品川区南大井にある鈴ヶ森刑場の跡を訪ねた。

八百屋お七 鈴ヶ森刑場跡

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当然のことながら、駒込のあたりはいわゆるマンションの林立する普通の住宅街になっている。
八百屋跡は発見できなかったが、このあたりの旧地名をみると当時のことを思い起こさせるが、お寺くらいしか当時の物は残っていないらしくて残念ではある。
鈴ヶ森刑場は、当時江戸の入り口であった第一京浜の脇にあり、車や電車の音で少々騒がしいが、当時を忍ばす物が残っている。
近所の施設は鈴ヶ森という名称が残っているが、当時、刑場だったところ近くに住んだり勤めたりするのはどのような気分だろうか。
火に加えて、この近くの海で水磔(すいたく)なども行われていたとのことだが、それらはつい最近の140年前(1871年まで)で、その数は数十万と言われているのだからすごい世界である。

八百屋お七写真ギャラリー

メモ
天和の大火はお七火事とも言われる。
旧暦の天和3年3月29日没、1683年4月25日のことだが、3月29日は八百屋お七の日。
1666年生まれという説もあり、1666年は丙午で、丙午伝説はここから始まる。

これらの情報はWikipediaなどより。
http://en.wikipedia.org/wiki/Yaoya_Oshichi

八百屋お七 鈴ヶ森刑場跡