読売新聞は、新聞各社が掲載しているコラムの夕刊版「よみうり寸評」において、政治家がTwitterで気軽に情報発信すること苦言を呈した。
ただ発言を取り消せない。流言飛語が怖い災害時も使えるか。「綸言(りんげん)汗の如し」。気軽につぶやいてもらっては困る時もある。
Twitterは発言を取り消すことが可能だが、RTなどされた場合はその限りではない。もちろん、政治家の発言に限らず間違いは後で訂正すればいいことだが、読売新聞は中国の格言を引用しつつ、のような発言について難色を示した。
メディアがマスメディアしかなかった時代には、政治家や行政・政府の発表内容をマスメディアが編集した上で読者・視聴者に届けていた。従来はメディアと言えば、新聞や雑誌、ラジオにテレビで、それらが唯一の媒体であり、唯一の情報を得るための手段だった。
しかし、インターネットを使ったソーシャルメディアの発達によって、必ずしもマスメディアが必須でなくなった。今では、政治家や行政・政府などの発表内容に限らず、民間企業や他国の一個人の発言ですら、全世界から直接得ることが出来るようになった。
読売新聞の今回の記事は、マスメディアを通さず情報を発信されると、旧来のメディアである我々には飯の食いっぱぐれになってしまうので止めて欲しいと言っているかのようだ。
古いメディアの利権はともかく、災害時などに必要なのは正確な情報が必要な人に届くこと。
必ずしも、メディアを通して情報を得る必要はない。購入する必要があり、多くても1日2回しか発行されない新聞。電気がなければ、電波が届かなければ見ることが出来ないが、基本的におおざっぱな情報を繰り返しているだけのテレビ。
インターネットは、端末、電気、ネット回線が無ければ情報を得られないという致命的な欠点がいくつかあるが、本人が必要なきめ細かな情報を自分で得ることが出来る。マスメディアよりインターネットの方が災害時には利便性が高いだろう。
おそらく万が一の時に威力を発揮するのは、高度な口コミ媒体であるソーシャルメディアであろう。
そこではマスメディアの出番は少ないが
なぜ、こんなものが流行るのか。
とのことなので、読売新聞はソーシャルメディアが何であるかが理解できていないのかもしれない。